大判例

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東京高等裁判所 昭和29年(ネ)864号 判決

控訴人 大新鉄工株式会社

被控訴人 関東商事株式会社

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。原判決添付の物件目録記載の物件が控訴人の所有であることを確認する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠の関係は各代理人において次の如く訂正、補述したほか、原判決の事実摘示と同一であるからこれを引用する。

控訴代理人の陳述、

一、原判決二枚目表二行目に「四月八日」とあるのを「五月一〇日」と訂正する。

二、原判決摘示の被控訴人の抗弁(イ)(4) の事実(後記被控訴人の訂正を含む。)及びこれによつて当初の本件売買契約が一旦有効に解除せられたことは認める。

三、控訴人の振出にかかる昭和二五年八月一五日を満期とする約束手形につき控訴人には次の如く不履行はないから復活された本件売買契約の解除という事態は生じていない。即ち、

(イ)  被控訴人は満期前右手形を訴件富士銀行浅草支店に裏書していたのであるが、右裏書により割引を受けていたとすれば、被控訴人は既に手形金を取得しているわけであり、そして直接の権利者となつた右銀行は結局において控訴人から手形金を取得したのであるから手形は不渡とならず、被控訴人に経済的に影響を及ぼす不履行も存しなかつたことになる。

(ロ)  仮りに被控訴人が右手形を右銀行に裏書したのが取立委任のためであつたとしても、右訴外銀行は委任の趣旨に基いて手形の呈示期間内たる満期の翌日に手形金を取り立て、右手形は控訴人に返還されたのであるから右手形は不渡とならず、控訴人に不履行はない。

四、控訴人、被控訴人間に復活された売買契約は有効に存続し、原判決添付目録記載の物件は控訴人の所有に帰したのに拘らず、被控訴人はこれを争うので、当審においては、右物件が控訴人の所有に属することの確認を求める。

被控訴代理人の陳述、

一、原判決四枚目表九行目に「金八十一万六千円」とあるのを「金九十五万五千円」と改める。なお、昭和二四年一〇月二日到着の書面を以て控訴人に対し全部の売買契約を解除した(原判決右同所一一、一二行目参照)のは、控訴人の売買代金支払の不履行に基くものである。

二、控訴人主張の約束手形を被控訴人が訴外富士銀行浅草支店に裏書したのは取立委任の裏書である。

三、原判決摘示の被控訴人の抗弁(ロ)は撤回する。

理由

控訴人が被控訴人から(い)昭和二三年一〇月二三日原判決添付目録(一)の物件を代金六三万円で、(ろ)同年一一月二〇日同目録(二)の物件を代金七五万円でそれぞれ買い受けたことは当事者間に争がない。

そこで被控訴人の抗弁について判断するに、(1) 右(い)の売買においては、代金中三〇万円は契約と同時に、残額三三万円は同年一一月三〇日に各支払うべく、控訴人の物件撤去の期限を昭和二四年一月三一日とする定めであり、(ろ)の売買においては、代金の半額は昭和二三年一二月一二日に、残半額は昭和二四年一月三一日に各支払うべく、控訴人の物件撤去の期限を同年三月三一日とする定めであり、かつ、右(い)、(ろ)の売買共被控訴人主張の如き撤去期限及び代金支払期限の不遵守の場合における撤去未了部分の所有権復帰に関する約款が附せられていたこと。(2) 然るに控訴人は右代金をいずれも約定期日に支払わず、僅かに(い)の代金中金三〇万円を昭和二三年一二月四日支払つたのみであつたから、被控訴人は契約の解除を申し入れたが、控訴人の要求によつてその支払を猶予すると共に、前記二個の売買の代金のうちいずれの分でも不履行の場合は全部の物件につき引渡しを拒むことを得る旨の合意をしたこと、(猶予によつて新たに定められた支払期までにいずれかの代金の支払が未了のときは直ちに全部の契約を解除し得る旨の合意ができた趣旨と解する。)にも拘らず控訴人はその後昭和二四年九月末日頃(右の新たに定められた支払期の後と見られる。)までに合計九五万五千円を支払つたのみであつたから、被控訴人は同年一〇月二日到着の書面を以て控訴人に対し全部の契約を代金支払の不履行によつて解除する旨の意思表示をなし、この意思表示によつて当初の売買契約は一旦有効に解除せられ、被控訴人はその所有に復帰した本件物件を昭和二五年三月二六日訴外田村康次に売却したこと、(3) 然るところ控訴人からの再三の懇請によつて被控訴人は同年五月八日に至り右田村との売買契約を解除して控訴人との契約を復活し、同月一〇日控訴人との間に代金支払に関する協定を結んで当時の未払代金四二万五千円に利息損害金を加えた五六万四千円を同年七月以降九月まで毎月一五日限り一回金一八万八千円宛に分割して支払うこととし、その支払の方法として金額はいずれも右同様、満期は右各支払日、振出地、支払地共に横浜市、支払場所株式会社東京銀行横浜支店という約束手形合計三通を控訴人から被控訴人に振出し交付したのであるが、右代金支払に関する協定に併せて控訴人振出の右約束手形が一通たりとも満期に支払われないときは直ちに売買契約は当然全部解除となる旨の約定がなされたこと、以上一連の事実も亦当事者間に争のないところである。

次に、被控訴人が昭和二五年八月一五日を満期とする右約束手形を満期前に訴外富士銀行浅草支店に裏書していたことは当事者双方の主張の一致するところであり、そして、控訴人がこの手形金を満期に支払わず、その翌々日右手形を右銀行から買い戻したことも当事者間に争なきところ(控訴人は原審において右買戻しの日を満期の翌日と主張したのであるが、前記控訴代理人の陳述三、(ロ)から窺われるところその他弁論の全趣旨からすれば、控訴人は当審においては満期の翌々日買い戻した旨主張するものと解せられる。)被控訴人は満期に手形金の支払がなかつたから前記解除約款により本件売買契約は解除せられたと主張するに対し、控訴人は右手形の買戻しによつて解除約款の発動はなかつたことになるべく、契約は有効に存続する旨抗争するのでこの点について検討する。

当事者間に争なき前記の経過によつて明かなとおり、控訴人は再三売買代金の支払を怠り、遂には一旦被控訴人から売買契約を解除せられ、本件物件は既に訴外田村康次に売却され了つたのに拘らず、控訴人の懇請の故に被控訴人は田村との右売買を解除して控訴人との売買契約を復活してやり、加えて当時においては本来の弁済期を一年数ケ月も遅延している残代金なるに拘らずこれを三回の月賦払にしてやつた事実からすれば、前記の如き解除約款が附せられたのは新履行期における確実な履行を強く要請する趣旨に出たものであることは自明であり、加うるに、原審証人光沢かつ、田村康次の各証言に弁論の全趣旨を綜合すれば、一旦被控訴人から本件物件を買い受け解体作業に着手していたのに拘らず、控訴人の希望の故に売買の合意解除をした右田村は将来控訴人が代金不払により失権することあるべき場合に被控訴人から再び本件物件を取得する希望を持つていて、右失権の場合には即時にこれを買い取る旨の協定が被控訴人との間になされていた事実が認められるのであつて、これらの点から考えると、前記解除約款にいう手形が一通たりとも「満期に支払われないとき」というのは文字どおり満期その時に支払われないときという厳格な意味において約定されたものと解するのが相当である。本件当事者間に約定された解除約款にして特に右の如く厳格な趣旨に解せらるべきものである以上、この約款に反し控訴人において第二回分の手形を満期に支払わなかつた以上この時に控訴人、被控訴人間の本件売買契約は直ちに当然解除となつたものといわねばならない。

控訴人は、被控訴人において右手形の割引を受けていたとすれば被控訴人は手形金を取得、利用していたのであるから披控訴人には不利益な影響を及ぼさなかつた旨主張するが、この場合には、控訴人が満期に支払わなかつたことによつて被控訴人は償還請求を受ける危険にさらされたこと、また、その翌月に支払うべき第三回分の手形金の支払についても従来の経過に徴し完全な支払を期待しえなくなることを考えると、満期後二日の支払は満期の支払の如く完全な支払ではなく両者が等価値視さるべきものでないことはいうまでもないことであり。又控訴人は、被控訴人において右手形を取立委任のため裏書していたとすれば、控訴人が満期後二日の呈示期間内に支払つたことによつて控訴人に不履行はない旨抗争するが、手形法第七七条によつて準用される同法第三八条第一項所定の二取引日内という恩典は所持人の利益のために認められたものであつて債務者の利益のため認められたものではなく、(なお、手形法第七七条、第七四条参照)従つて満期に呈示があつたに拘らず(このことは控訴人の暗黙に認めるところである。なお成立に争のない甲第二号証参照。)控訴人がその時手形金の支払をしなかつた以上控訴人は遅滞の責は免れぬというべきである。要するに満期後二日の支払を以て満期の支払と同一視することはできず、そして本件において解除約款における「満期に支払われないとき」というのが厳格に解せらるべきであること前記の如くである以上、本件売買契約は控訴人が第二回目の手形を満期に支払わなかつたことにより当然解除となつたものと断ずべく、たまたま当時手形が第三者の手中にあつたがために、この第三者が満期後なるに拘らず控訴人の手形買戻しの要求に応じたからとて満期の支払と同視すべきいわれはない。

然らば右売買契約の有効に存続することを前提とし、原判決添付目録記載の物件が控訴人の所有に属することの確認を求める控訴人の本訴請求は失当として棄却すべきであつて、帰結において同趣旨を判示した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文の如く判決する。

(裁判官 薄根正男 奥野利一 古原勇雄)

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